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大阪地方裁判所 昭和61年(ヨ)4093号 決定

申請人

水谷平助

申請人

太田和子

申請人

荻野圭二

申請人

當島欣郎

申請人

西田茂

申請人ら代理人弁護士

栗原良扶

右同

増市徹

右同

飯村佳夫

右同

水野武夫

右同

田原睦夫

右同

尾崎雅俊

被申請人

大橋建材店こと大橋宏明

被申請人代理人弁護士

菅生浩三

右同

葛原忠知

右同

村尾勝利

右同

佐野久美子

右同

藤田整治

右同

中村成人

右同

平山博史

主文

一  申請人らが被申請人のために共同で金一〇〇万円の保証を立てたときは、被申請人は、守口市浜町一丁目三七番、同所三八番一に所在する生コンクリート製造作業場及びその敷地における操業によつて、申請人ら肩書住所地所在の申請人らの各居宅の敷地内に午前六時から午後九時まで五五ホンを超える音を流入させてはならない。

二  申請人らのその余の各申請を却下する。

三  申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一申請人ら

被申請人は、守口市浜町一丁目三七番、同三八番一土地における作業において、同敷地境界線上における九〇パーセントレンジ値上端測定値として、左記音量をこえる騒音を発してはならない。

午前六時から午前八時まで 五〇ホン

午前八時から午後六時まで 五五ホン

午後六時から午後九時まで 五〇ホン

午後九時から翌日の午前六時まで

四五ホン

二被申請人

1  申請人らの本件仮処分申請をいずれも却下する。

2  申請費用は申請人らの負担とする。

第二当裁判所の判断

一当事者間に争いのない事実及び疎明資料に審尋の全趣旨を総合すれば、以下の事実が一応認められる。

1  当事者

(1) 申請人水谷平助(以下、「申請人水谷」という。)は、その肩書住所地に昭和一〇年以来居住している満六一歳の男子で、母(八〇歳)、妻(五七歳)、長男(二七歳)、長女(三二歳)と同居するものであり、申請人太田和子(以下、「申請人太田」という。)は、その肩書住所地を昭和五八年一〇月ころに購入し、ここに隠居所としての家を建て、同五九年三月ころから居住している満七〇歳の女子であり、申請人荻野圭二(以下「申請人荻野」という。)は、その肩書住所地に昭和二二年六月ころより居住している満七六歳の男子で、妻(八五歳)と同居するものであり、申請人當島欣郎(以下「申請人當島」という。)は、その肩書住所地を昭和五八年一二月ころに購入し、ここに家を建て、同五九年七月ころから居住している満四〇歳の男子で、妻(三二歳)、長男(四歳)と同居するものであり、申請人西田茂(以下「申請人西田」という。)は、その肩書住所地に昭和七年以来居住している満五五歳の男子で、母(七六歳)、妻(五〇歳)、長女(二七歳)、次女(二一歳)と同居するものである。

申請人らの居住地は、別紙図面(1)記載のとおり、被申請人の後記作業場と直接隣接もしくは道路をはさんで向かい合う位置関係にある。

(2) 被申請人は、生コンクリートの製造販売及びセメント、砂等の建材の販売(以下、「生コンの製造等」という。)を業として営むものであり、その肩書住所地を住居兼事務所とするかたわら、昭和五九年二月ころ、これと道路を隔てて位置する守口市浜町一丁目三七番地167.76平方メートル及び同所三八番一宅地226.75平方メートルの二筆の土地(合計面積394.51平方メートル)を自己及び家族名義で購入し、昭和六〇年一月、同土地上に、別紙図面(1)記載のとおり、セメントサイロ、集合ホッパー、砕石用ホッパー及び砂用ホッパー等の生コン製造設備を設置し(ただし、セメントサイロ及び砂用ホッパー、同ホッパー付属のベルトコンベアは昭和六〇年一二月以降は使用していない。)、同所をセメント等建材の置場及び生コン製造等の作業場(以下、「被申請人作業場」という。)として使用しているものである。

2  地域性、四囲の環境

申請人らの住居地周辺は、都市計画法九条三項にいう住居地域の指定を受けた主として住居の環境を保護された地域であり、概ね申請人らのような個人の居宅が密集したところである。ただし、申請人らの居宅の西方には北東から南西に走る車両の通行量の多い国道一号線が存在している。

3  騒音に関する公法上の規制基準

大阪府においては、大阪府公害防止条例(昭和四六年三月一一日大阪府条例第一号)、同施行規則(同年九月一〇日大阪府規則第五五号)により、騒音規制法二条にいういわゆる「特定施設」に該当しない工場又は事業場についても、その騒音の排出が規制されており、これによれば、住居地域においては、その工場又は事業場の敷地境界線上において、朝(午前六時から午前八時まで)五〇ホン、昼間(午前八時から午後六時まで)五五ホン、夕(午後六時から午後九時まで)五〇ホン、夜間(午後九時から翌日午前六時まで)四五ホンをこえる騒音を発してはならない旨の規制(以下、「本件規制基準」という。)がなされている。

4  被申請人作業場から発生する騒音の内容、程度

(1) 被申請人作業場において発生する騒音は、主として、集合ホッパーの下にミキサー車が入いる際のミキサー車のエンジン音、バックブザー音、ショベルカーが骨材置場から骨材を運びあげる際のショベルカーのツメとコンクリートの地面との擦過音、ショベルカーが骨材を砕石ホッパーに運搬投入する際のエンジン音、投入音、セメント、骨材を同ホッパーから集合ホッパーへ伝送する際のベルトコンベアの振動音、骨材を砕石ホッパーからベルトコンベアに落とし切るため同ホッパーにバイブレーションをかける際の振動音、集合ホッパーからミキサー車へセメント、骨材等を投入する際の投入音、ミキサー車のミキサー回転音など、生コン製造の作業自体から発生するものが中心であるが、それ以外にも、始業時の車両のエンジン始動音、アイドリング音、終業時のミキサー車洗浄音のほか、ホッパーに付着したセメント等をスコップでたたき落とす際の金属音等生コン製造作業に関連する作業から発生するものもあり、さらに、骨材等の販売作業時にもショベルカーのエンジン音やショベルカーのツメとコンクリート地面との擦過音等が発生し、これらの騒音が単独または複合して申請人らの住居地内に流入している。

(2) 被申請人作業場から発生する作業騒音は、不規則かつ大幅に変動する音であるというべきであるから、その騒音の大きさの決定は、大阪府公害防止条例施行規則の定める決定方法に従い、測定値の九〇パーセントレンジの上端値でこれを行うのが相当と考えられるところ、守口市公害課係員が右方法に従つて測定した結果によれば、被申請人作業場の作業時の騒音レベルは、申請人水谷宅敷地内の北側境界線付近(別紙図面(2)のA点)においては七三ないし七五ホン(昭和六二年四月二八日測定)、申請人太田宅敷地内の西側境界線付近(別紙図面(2)のB点)においては六一ないし六九ホン(前同日及び同月二七日測定)、申請人荻野宅敷地内の西側境界線付近(別紙図面(2)のE点)においては六一及び六二ホン(同月一四日測定)、申請人當島宅二階ベランダ(別紙図面(2)のF点)においては七二及び七三ホン(同月一六日測定)、申請人西田宅敷地内の中庭南側境界線付近(別紙図面(2)のC点)においては六七及び七八ホン(同月二八日測定)、同敷地内の西側部分の南側境界線付近(別紙図面(2)のD点)においては七一及び七四ホン(前同日測定)であつた。

なお、被申請人作業場の作業騒音のピーク値は、右の数値をはるかに上回り、申請人水谷宅敷地内であるA点において、昭和六一年九月二二日には八〇ホン、同月二五日には、八六ホン、昭和六二年四月二八日には八四ホンもの高い数値が測定されている。

(3) 被申請人作業場の操業時間は概ね午前七時すぎころから午後五時ころまでであり、時として、午前七時より前に作業を開始することもあり、また午後五時以降も洗車作業等を相当遅くまですることはあるが、少くとも午後九時から翌日六時までの間は操業していない。そして、一日の生コン製造の作業回数は平均すると八回ぐらいであるが、日によつて変動が大きく二〇回以上に及ぶこともある。また、生コン製造の一工程の所要時間(ミキサー車が被申請人作業場に入庫する時点を起点とし、出庫する時点を終点として起算)は約一〇分間ぐらいのものが多いが、ミキサー攪はん等により二〇分以上となることもある。

特に、昭和六二年四月二八日は、一日の作業回数が一七工程と四月までは二番目に多い日ではあつたが、守口市公害課の係員が測定したところによると、午前七時二二分から午前九時四七分までの一四五分間における作業回数は七工程、一工程は六分から二四分間というもので、生コン製造等の関連作業時間一一五分、生コン製造以外の砂利等の積込整理作業時間二五分で、全く作業が行なわれなかつた時間は五分、という結果であつた。

5  国道一号線等の環境騒音の程度

申請人らの各居住地はいずれも国道一号線の近くに位置するため、申請人ら居住地付近一帯においては自動車の走行等に伴う騒音が常時発生しており、これらの騒音が中心となつて、被申請人作業場の作業が停止されている時でも、ある程度の環境騒音(いわゆる暗騒音)が形成されている。ところで、申請人らの各居住地は国道一号線に近いとはいえ、一号線自体からはある程度奥まつていて、その間に建物等が存在するため、申請人ら住居付近では国道一号線沿いの騒音はかなり軽減されており、その音量も国道一号線沿いほど不規則かつ大幅に変動するものとはいえず、むしろ比較的一定した音量の騒音として存在しているものと考えられるから、右環境騒音の大きさの決定については、測定値の九〇パーセントレンジの中央値でこれを行なうのが相当というべきところ、守口市公害課の係員が測定した被申請人作業場の作業停止時の騒音レベルが九〇パーセントレンジ中央値の数値で、A点が四九ホン(昭和六二年四月二三日測定)、B点が四一及び四二ホン(同月二七日測定)、C点が四五及び四八ホン(同月二八日測定)、D点が五二及び五四ホン(同月二三日測定)、E点が三八及び四三ホン(同月一四日測定)であつたことからすれば、申請人ら居住地付近には概ね同程度の環境騒音が常に存在するものと推定される。

6  申請人らの被害の程度

申請人らとその家族は、被申請人が被申請人作業場を設置するまではそれぞれその住居地において平穏な生活を送つていたところ、被申請人作業場の開設を機として同作業場の操業に伴う作業騒音が前記認定の程度で申請人らの各住居地内に流入するようになり、多少の個人差はあるものの、概ね、テレビ、ラジオ、電話等の聴き取り困難、会話妨害等の生活妨害を受けているほか、いらいら、不快感、不安感、恐怖感等の身体、精神に対する種々の被害を受けている。申請人らの家族も同様の被害を被つているが、就中、申請人荻野の妻は心臓発作の病のため自宅療養中であるところ、被申請人作業場からの騒音のため数回発作を起こし、そのため寝室を道路に面した方の部屋に移すことを余儀なくされた。

7  被申請人の防音対策の立ち遅れ

(1) 申請人らを含む被申請人作業場付近住民は、被申請人に対し、被申請人作業場開設にあたり、建築基準法(住居地域におけるレディミクストコンクリート製造のための出力合計2.5キロワットをこえる原動機を使用する工作物等の設置の禁止)を遵守すること、騒音、振動等の公害に対する防止対策を検討、実施することを要望していたが、被申請人は、右要望の前者に対しては、被申請人の設置設備は前記建築基準法違反であるとの見解に立つ守口市から昭和六〇年五月一〇日被申請人作業場の使用禁止命令を受けるに至つたので、右命令を解除してもらうためにセメントサイロの使用を中止し、かつ粉じん対策として片屋根覆いを新設するとの措置を講じたものの、後者に対しては、右命令解除後の同年一二月、より騒音、振動の大きいバイブレーション装置を新設して操業を再開するという有様であり、その後も住民からのたび重なる抗議、守口市の注意指導があつたにもかかわらず、操業短縮調整、防音設備設置の両面において、有効な具体的措置を講じることはなかつた。

(2) ところが、被申請人は、本件仮処分申請の審理終局段階の昭和六二年六月中旬になつてから、急拠、被申請人作業場外周へのブロック塀設置、既存ブロック塀の高さ延長、ブロック塀の上への小角波鉄板の設置、ブロック塀開口部へのパネルゲートの設置等の工事を行い、また、集合ホッパーヘセメントを直接投入するための架台の設置を計画しているとして、これにそつた建築確認申請を行うに至つた。しかしながら、これらの対策による防音効果については具体的に疎明されていない。

二以上の疎明された事実に基づいて、申請人らの騒音差し止め請求権の有無について判断するに、申請人らはいずれも被申請人作業場から発生する騒音によりその平穏な生活を妨害されていることが明らかであるところ、このような騒音による生活妨害は、身体及び精神に対する侵害であるから人格権の侵害としてとらえることができるものであり、その程度が社会生活上一般に受忍するのが相当であると認められる限度を超える場合には、その限りにおいてその侵害行為は違法なものとして人格権に基づく妨害排除、妨害予防請求権により、その差し止めを請求することができるものと解すべきであるから、まず、被申請人作業場からの騒音の申請人ら各居住地への流入が右の受忍限度を超えているか否かについて検討することとする。

ところで、本件のように、騒音防止につき公法上の規制基準が設けられている場合にあつては、その設定の趣旨、目的に照らし、右規制基準以内の騒音は、原則として私法上も一般人が受忍すべきであり、これとは逆に、右規制基準を超える場合にはその規制基準を超える騒音はその限りにおいて受忍限度を逸脱する違法な騒音として差し止めの対象となると推定するのが相当であるが、当該騒音の身体、精神に及ぼす情緒的影響度、被害場所の地域性、四囲の環境、被害者の生活状態、土地利用の先後関係等の具体的事情に照らし、右規制基準を受忍限度の基準としてそのまま適用することが不相当と認められるような場合には、例外的に右公法上の規制基準に一定の限度での軽減もしくは加重を施して受忍限度を定めることができるものと解すべきである。

そこで、本件における騒音差し止めの受忍限度について考えるに、申請人らの各居住地が住居地域として主として住居の環境を保護された地域内にあること、大阪府内における騒音の規制基準が朝(午前六時から午前八時まで)五〇ホン、昼間(午前八時から午後六時まで)五五ホン、夕(午後六時から午後九時まで)五〇ホン、夜間(午後九時から翌日の午前六時まで)四五ホンであることは前記認定のとおりであるから、本件においても、原則的には、申請人ら各居住地における騒音の受忍限度は右規制基準をその判断基準とすべきものであるが、申請人ら居住地付近一帯は、国道一号線からの自動車走行に伴う騒音が常時存在していることから、これが中心となつていわゆる暗騒音が形成されており、住居地域としてはやや喧噪な部類に属すること、その暗騒音の程度は、申請人らの居住地が国道一号線からある程度奥まつているため、国道一号線沿いの騒音に比べればかなり低くなつてはいるが、九〇パーセントレンジの中央値でみると、概ね五五ホン程度となつており、しかも、右暗騒音は、単に、昼間(午前八時から午後六時まで)だけに限られるとの疎明はなく、むしろ、国道一号線の交通状況からすれば、朝(午前六時から午前八時まで)及び夕(午後六時から午後九時まで)においてもあまり大差なく存在するものと推認されるから、これらの事情を総合勘案すると、本件においては、結局、五五ホンをもつて騒音差し止めの受忍限度とするのが相当というべきである。

ところで、被申請人作業場からの作業騒音が申請人らの各居住地内に侵入していることは前記認定のとおりであり、その騒音の程度は、前記AないしFの各点において、六一ないし七八ホン(ピーク値は、A点における八〇ないし八六ホン)という極めて高いものであつて、右受忍限度を六ないし二三ホン上回つており、ピーク時には、三〇ホン前後も上回る状態にあること、申請人ら及びその家族は、こうした被申請人作業場からの騒音のため、それぞれ心理的、生理的に甚だしい苦痛を味わつてきており、同人らが右被害を回避するには、転居以外にはその手段を有していないような状況であること、しかも、申請人らが被申請人作業場開設準備の段階から一貫して騒音防止対策の実行を要求してきたにもかかわらず、被申請人は、本件仮処分申請事件の審理終局段階に至るまでの間、申請人らに対してほとんど誠実な対応をせず、騒音被害を軽減させるに足りる積極的、具体的な措置をほとんど講じなかつたこと、現在計画中の騒音防止対策もその効果の点についての疎明は十分でないこと、被申請人の営業は申請人ら住民に前記受忍限度を上回る騒音の特別な受忍を申請人らに強いるような公共性を有するものではないこと、などの諸般の事情を考慮すれば、被申請人に営業上の損失が生ずることを斟酌しても、申請人らは、被申請人に対し、前記受忍限度を超える騒音の流入を違法なものとして差し止める権利を有しているものと認めることができる。

三次いで、申請人らの本件仮処分の必要性について判断するに、被申請人作業場における生コン製造等の操業は現在も続けられていること、しかも右操業は将来にわたつて継続せられる蓋然性が高いこと、被申請人が現在実施中ないしは計画中の防音対策では現在発生している作業騒音を前記受忍限度内におさえることはできないと推認されること、申請人らは被申請人作業場からの騒音により身体的精神的被害を被り続けてきたこと、右被害は被申請人が被申請人作業場で操業を続ける限り、継続し、かつ、防音対策の不十分なことから新たに損害が発生する蓋然性も依然として高いことなど諸般の事情を総合勘案すれば、申請人らには本件仮処分を求める緊急の必要性があるというべきである。

なお、申請人らは、夜間(午後九時から翌日午前六時まで)についても仮処分による騒音の差し止めを求めているが、その時間帯については、被申請人は操業をしていないことが明らかであるから、被申請人の作業騒音が申請人らの居宅に流入することはあり得ず、従つて、その流入差し止めを求める必要性はないといわざるを得ない。

四以上の次第であるから、申請人らの本件仮処分申請は主文第一項記載の限度で理由があるので、被申請人の被る損害等の諸事情を考慮して被申請人のために申請人らが共同で金一〇〇万円の保証を立てることを条件としてこれを認容することとし、その余の部分はいずれも被保全権利あるいは保全の必要性の疎明がなく、かつ保証をもつてこれに代えることも相当でないから、これを却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条但書を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官横山敏夫 裁判官亀田廣美 裁判官齋藤大巳)

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